『進撃の巨人』最終回、あなたはどこまで理解できた?「山小屋」「エレンの真意」「未来」…未解明の謎を徹底考察!

アニメも最終回を迎え、ついに壮大な物語に幕を下ろした『進撃の巨人』。しかし、全てが明確に説明されたわけではなく、最終回付近の謎や議論は尽きませんよね。

今回は、そんな『進撃の巨人』最終回に隠された、明確には語られなかった部分について、深く掘り下げて考察していきます。山小屋でのエレンと三笠の真意、アルミンの言葉の重み、そして未来への示唆まで…あなたの「観たい!」という気持ちをさらに高める考察に、きっと出会えるはずです。

「山小屋の世界」の正体は「道」だった?!三笠だけが特別だった理由

最終回で多くのファンを驚かせた「山小屋の世界」。一体あれは何だったのか、未だに議論が続いていますよね。しかし、三笠の性質や物語の描写を考えると、その正体はほぼ一択、「道」であると解釈できます。

アルミンなど他のキャラクターがエレンと接触したのは「記憶」の中でしたが、三笠だけが特別に「道」にいた理由。それは、アッカーマンには記憶改ざんが効かないからです。そのため、アルミンたちのように記憶に介入して話すことはできません。しかし、アッカーマンでも「道」に呼び出すことは可能であり、これまでの描写がそれを示唆しています。

三笠がエレンと会ったタイミングも、アルミンが船での会話前に会ったのとは異なり、最終局面の場面でした。さらに、三笠の世界は1話時点の幼いエレンも見ていたとされています。始祖の力が過去未来同時に影響することを踏まえると、「道」の世界が1話のエレンに影響を与える可能性も十分にあり得るのです。

そもそも「道」って何?その正体に迫る

「道」とは、巨人を形成する血や骨、そして記憶や誰かの意思が送られてくる通り道です。クルーガーによれば、すべてのユミルの民は「道」で繋がっており、その全てが交わる一点が「座標」とされています。作中では砂漠のような場所や、光の柱が枝分かれしているような場所として描かれましたが、おそらくそのどちらも「道」であり、「座標」はその中心部、光の柱の根元あたりを指すのでしょう。

「道」には以下のような特徴があります。

  • 現実の死がない
  • 人によって見えるものが変わる(アルミンには葉っぱ、ジークには野球ボール)
  • 始祖の力で何でも作れる

もし山小屋の世界が「道」であるなら、エレンと三笠がイメージしたものか、始祖の力で作られたものによって構成されたと考えるのが自然です。

1話と最終話が繋がる「行ってらっしゃいエレン」のセリフ

山小屋の世界で、三笠はエレンに「行ってらっしゃいエレン」と声をかけます。これは『進撃の巨人』1話の冒頭、エレンが夢で短い髪の三笠を見るシーンで描かれたセリフと同じものです。アニメでは1話では描かれず、88話で描写されました。

1話でエレンは「長い夢を見ていた」と目覚め、最終話では三笠が「長い夢を見ていた」と目覚めます。エレンは現実で長い髪の三笠を見て涙を流し、三笠は「道」で短い髪のエレンを見て涙を流す。そして三笠の「行ってらっしゃいエレン」というセリフに繋がります。

この1話のエレンは現実で夢を見て「道」の三笠を見ており、最終話の三笠は「道」の世界で夢を見て現実のエレンを見ているのです。「道」の世界は現実とリンクしており、始祖の力の影響は過去未来関係なく影響します。山小屋の世界の時間感覚は曖昧ですが、エレンの首を切る前までの現実の時間軸とリンクしています。この1話と最終話のリンクこそが、山小屋の世界が「道」であることの何よりの証明と言えるでしょう。

エレンと三笠は山小屋で“永遠”を過ごしたのか?衝撃の滞在時間考察

山小屋の世界にエレンと三笠はどれほどの時間いたのでしょうか?作中で描かれた一瞬だけだったのか、それとも長い時間共に暮らしていたのか?

作中では、三笠が「この話はしない約束だった」と、描かれた時間軸よりも前の話をしている描写があります。これは、かなり長い期間エレンと三笠がこの世界で暮らしていた可能性を示唆しています。また、1話のエレンがこの「道」の世界を見た時に「すっげえ長い夢」と表現していることからも、最終回のわずかな会話だけでなく、文字通り“すっげえ長い期間”をエレンと三笠は山小屋の世界で過ごしたと解釈できるのです。

「道」の世界には時間や死が存在しません。始祖の力が続く限り、ある意味永遠に存在できます。現実で三笠はエレンを殺すことに否定的でしたが、「道」の世界での描写以降、殺害を決断しています。この心変わりが早すぎると感じた人もいるかもしれませんが、実は違います。三笠は長い期間をかけてこの決断に至ったと考えることができるのです。

頭痛がひどくなる三笠と、マフラーを締め直した三笠の違いは、まさに「道」の世界での記憶です。このタイミングで「道」と現実が交差し、三笠は「道」での記憶を思い出し、エレンの首を切ることを決心しました。そして、始祖の力の終わりと三笠の決意により、「道」の世界から現実の世界へと戻ったのです。

この解釈に基づくと、悲劇的な結末を迎えたエレンにも、少しは救いがあったと言えるのではないでしょうか。エレミカ派の皆さんも、これで少しは心が安らぐかもしれませんね。

この考察を読んで、もう一度あのシーンを見返したくなりましたよね?

壮絶な感情が交錯する最終回、そして深く考察されたキャラクターたちの真意。彼らが辿った道のりを、もう一度じっくりと追いかけたいと思いませんか?

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三笠はなぜエレンの居場所を知っていたのか?二つの可能性

最後の最後に、三笠はなぜエレンが口の中にいると分かったのでしょうか?これには二つの可能性が考えられます。

  1. 山小屋の世界でエレンと会話を交わした。
  2. 「道」の世界から現実の状況を把握していた。

山小屋の世界で長く暮らしていたとすれば、会話の機会は十分にありましたし、たとえしていなくても、マフラーを捨てるよう懇願したエレンが「口の中で待ってる」といったセリフを紡いでいた可能性も考えられます。エレンは三笠の「行ってらっしゃいエレン」というセリフを聞いており、キス直前まで意識があったのは確実ですから、何らかの会話があったと推測できます。

また、「道」は現実であり、その世界にいても現実の状況が分かります。アルミンが「道」で現実を把握していたように、三笠も「道」の世界でエレン最終形態での戦いを把握し、エレンが口の中にいることを知ったのかもしれません。

最終回の衝撃描写、作者や調査兵団の幻影は「道」の仕業だった!

最終回で描かれた、かつての作者(キャラクター)や調査兵団の仲間たちのシーン。これは決して幻覚や天国の描写ではありません。「道」がもたらした現象であり、最後の最後、「道」と現実が交差し、「道」の消滅と共にエルディア人から巨人の力がなくなったことを意味しています。

エレンは本当に母親を殺したのか?「ベルトルトスルー事件」と始祖の力の真実

エレンとアルミンの会話で明かされた、ダイナの巨人がベルトルトをスルーし、カルラを食った真相。「あの日あの時、ベルトルトは死ぬべきじゃなかった」とエレンは語り、母親を自分が殺したと認めています。

ベルトルトがここで死ぬとアルミンが超大型巨人を継承できず、また幼少期のエレンの巨人に対する復讐心も作り上げられません。三笠がもたらす結果に行きつく過程で、母親が死ななければその未来には至らないため、始祖の力が干渉し、ダイナの巨人はベルトルトをスルーしたのです。

この過去への干渉について、「エレンが直接やったことなのか」「結果としてそうなってしまったのか」という議論があります。結論から言えば、エレンの意思で直接過去未来に干渉し、未来を変えることはできないとされています。全ての過程は始祖の力が発動した時点で、結末に向かって定まってしまうという解釈が正しいでしょう。

エレンのセリフ「始祖の力がもたらす影響には過去も未来もない、同時に存在する。だから仕方がなかったんだよ」がその根拠です。アニメでの「もう決まっている。何度も試みては失望した」というセリフも、エレンが家庭を変えられないか模索したが、結局変えることができず絶望したことを示しています。エレンはどうあっても母親の死を回避できなかったのです。しかし、三笠がもたらす結果に辿り着く未来を定めたのは自分であるため、その結果として引き起こされた事象は全て自分が悪いというエレンの思考が、「母親殺し」に関するセリフに繋がったのです。

始祖ユミルが本当に求めていたものとは?三笠の「愛」が導いた結末

結局、始祖ユミルは何を求め、三笠の何に満足して苦しみから解放されたのでしょうか?

ユミルはフリッツ王を愛していましたが、その愛は忠誠と隷属の形でした。王に尽くし、最後は王の盾となって犠牲になることで愛を示したのです。ユミルはそんな自身の愛に苦しみ、答えを求め続けました。

三笠とユミルには、愛する者への忠誠という共通点があります。しかし、三笠の愛はエレンの願いを断ることで、ユミルとは異なる道を歩みました。エレンは三笠のマフラーを「自分に囚われている象徴」として捨てて欲しいと懇願しましたが、三笠はそれを拒否しました。これは単にエレンの言うことを聞く存在ではない、という三笠の強い意志の表れです。

三笠は、エレンを殺すことを決意しました。これは「エレンが生きてさえいればいい」という単純な愛ではないことを示しています。相手のことを思い、相手の罪をも背負い、相手の願いを汲むことでエレンへの愛を示した三笠のこの結末こそが、始祖ユミルが求めていた「愛の答え」だったのでしょう。

アルミンとエレンの「貝殻」に込められた意味とは?

血の海の中からアルミンが見つけた貝殻。それはまるで「やっと気づいてくれたのか。いつでも足元にあったのに、いつも遠くばかり見ているから」と語りかけているようでした。

貝殻が初めて登場したのは22巻、エレンたちが初めて海に到達した時です。アルミンが貝殻を見せようとするも、エレンはそれに目もくれず、海の向こうの「敵」ばかりを見ていました。このシーンは、進撃の巨人における重要なターニングポイントであり、諫山先生自身も「夢の終わり、少年期の終わり」という意味を込めたと語っています。

海を見るという同じ夢を共有したはずのエレンとアルミン。しかし、エレンは海自体に興味はなく、遠くにある「自由」に囚われていたのです。だからエレンはアルミンの貝殻を見ようともしなかった。最終回でアルミンがエレンに貝殻を渡し、エレンはようやくその存在に気づきます。ずっと別の世界を見てきた二人ですが、この瞬間だけは確かにつながることができたのです。貝殻のやり取りは、夢の「隔離」から「共有」への文脈を示していると言えるでしょう。

そして、最終回のアルミンのセリフ「エレンに外の世界の本を見せていたのは僕だ。誰もいない自由の世界をエレンに想像させたのは僕だ。ありがとうエレン、僕に壁の向こう側をこの景色を見せてくれて。これは僕たちがやったことだ。だからこれからはずっと一緒だね」。この「ありがとう」は、ハッピーな文脈ではありません。この景色は二人の夢の果てではありますが、アルミンが思い描いた理想の海とは違う、エレンの夢の果てだからです。それでもエレンに夢を想像させ、共有しようとしたのはアルミン自身。アルミンは、この夢の果てを見せてくれたことへの感謝を示すことで、共犯であることを強調しているのです。

しかし、エレンがようやく気づいた貝殻は、血にまみれています。この描写は、この夢の達成のために多くの犠牲があったことを示唆しており、ある種の強烈な皮肉を感じさせます。

アニメアルミンの「地獄へ一緒に行く」発言は本心だったのか?原作との違い

アニメでのアルミンの「地獄へ一緒に行く」というセリフは、本心だったのでしょうか?エレンの罪悪感を軽くするために提案したのではないか、という疑惑も存在します。

なぜなら、原作のアルミンとアニメのアルミンでは、エレンが行った人類虐殺に対する「理解の深さ」が明確に違うからです。

原作のアルミンは、エレンの8割虐殺について聞いた時、ただただ愕然としました。「本当にここまでする必要あったの?」と、事態の大きさがアルミンの理解を超えていたことが伺えます。諫山先生も「到底理解しえなかったエレン」と語っています。だからこそ、原作アルミンはエレンに寄り添うため、皮肉めいた言葉で「殺戮者になってくれてありがとう」と伝えたのです。これは、虐殺の恩恵を受けてしまう自分たちを「共犯者」と表現したものでした。

しかし、アニメでは違いました。アニメのアルミンは「こんなのは解決じゃない」と、明確にエレンを否定します。「この世界は残酷だが、互いの理解を諦めなければ分かり合える日が来るかもしれない。しかし、虐殺を行ってしまったら、『やらなければやられる』という極端な結論に人類は行きつく。そうなってしまうと対話は望めない。分かり合えるという願いさえ人々は信じなくなってしまう」。これが、アニメアルミンのエレンの虐殺に対する見解です。

つまり、理解できていない原作アルミンと、自身の考えを持って明確に否定しつつも理解できているアニメアルミンの構図となります。理解が及んでいない原作アルミンが無理やりにでもエレンに寄り添おうとしたのに対し、アニメアルミンはエレンの行いと罪への深い理解があるからこそ、「一緒に地獄へ行く」というはっきりと明確な言葉で寄り添いを表現できたのです。

ゆえに、アニメアルミンのセリフは本心以外の何者でもないと解釈できるでしょう。エレンが行ったことを深く理解した上で、アルミン自身も絶望しながら、しかしかつて一緒の夢を見た貝殻を手に、エレンと共に地獄へ行くと覚悟を決めて声をかけたのです。この寄り添い方の違いこそが、原作とアニメの一番大きな違いかもしれません。

エピローグの巨大樹と少年、繰り返される悲劇か、新たな希望か?

最終回のエンドシーンで、少年が巨大樹のうろに入っていく描写がありました。これは、アニメ80話でユミルが巨大樹でハルキゲニアと接触し、巨人化した構図と酷似しています。もしハルキゲニアの成分がまだエレンの首に残っており、しぶとく生き残っていたとしたら、悲劇はまた繰り返されるのかもしれません。

しかし、ユミルの時と違う部分もあります。ユミルは犬に追われていましたが、少年は犬と共に歩んでおり、樹木のうろに入る理由も追われてではなく、自発的に入っています。これらのことから、少年が巨人の力を手にすることはない、とも解釈できます。

ただ、不安なのは、この巨大樹が異常成長しているという部分です。ユミルの時もハルキゲニアは異常なほど巨大なフミの体を生み出しました。もしハルキゲニアが木に生息することで、その木を異常成長させる能力があるとしたら…最終回のエンドシーンの木にはハルキゲニアが確実に存在することになり、少年がどのような道を辿るかは不明ですが、接触は避けられないかもしれません。

個人的には、この少年が悲劇を起こすことはないのではないかと考えています。ハルキゲニアは、ユミルの「生きたい」という強い思いに応え、巨大な巨人の体と、精神を存在しない世界へと逃避させる能力を与えたと見られます。この少年がユミルのような強い「生きたい」という渇望を持っていないのであれば、ハルキゲニアと接触したとしても、巨人化するようなすんごいことにはならないのではないでしょうか。

『進撃の巨人』をもっと深く、何度でも楽しむために

『進撃の巨人』は、深く複雑なテーマと、見るたびに新たな発見がある奥深い作品です。今回の考察を通して、最終回の感動や衝撃が再び蘇った方も多いのではないでしょうか?

ぜひ、もう一度アニメを見返して、今回の考察で触れたシーンや、あなた自身の心に残った場面をじっくりと味わってみてください。一度見ただけでは気づかなかった、隠されたメッセージやキャラクターたちの感情が、きっと見えてくるはずです。

【補足】『進撃の巨人35巻』と「最初で最後の画集FLY」について

諫山先生が「最初で最後」と謳っている画集が、現在完全受注販売で予約を受け付けています。この画集には、『進撃の巨人』おまけ漫画「悪童」全18ページを含む『進撃の巨人35巻』、複製原画、三笠のマフラー、エレンの鍵の4つの特典がついています。予約期間は11月30日までとなっており、この期間を逃すと入手は非常に困難になるとのことです。

再販の可能性は低いとされているため、気になる方はお早めにチェックしてみてください。

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