先日最終話を迎えた「機動戦士ガンダムジークアクス」は、その独特な作風から「賛否両論」を巻き起こしました。ある人は「最高に楽しかった!」と絶賛する一方で、別の人は「物語はつまらなかった」と酷評するなど、その評価は真っ二つに分かれています。
なぜここまで評価が分かれるのでしょうか?本記事では、この「ジークアクス」が持つ「楽しい」と「面白い」という二つの側面を深掘りし、作品の真の姿と、その魅力について徹底的に考察していきます。ガンダムファンはもちろん、アニメに興味がある方も、ぜひ最後までお付き合いください。
「ガンダムやんけ!」と叫びたくなる序盤の「楽しさ」
「機動戦士ガンダムジークアクス」を視聴して、「楽しい」と感じた人は少なくありません。特に、劇場版を先に見た人にとっては、テレビアニメ版の第1話(多くの人にとっては2話と8話に相当)から、その「楽しさ」は全開だったのではないでしょうか。
「ほんまにガンダムやんけ!」と思わせる一方で、既存のガンダムとは異なる展開や、意表を突く描写が随所に散りばめられ、視聴者のワクワク感を刺激しました。シャアの奇跡、サイコの謎、マチュたちの巻き込まれ方、そして古参ファンを唸らせたシャリアブルの登場など、まさに「知っているはずなのに知らない世界」が広がっていたのです。
特に、長年のガンダムファンであれば、シャリアブルの登場には深い感慨を覚えたことでしょう。ギレンの野望など、過去のゲームでシャアの相棒として愛されてきたシャリアブルが、ついに「本来の姿」で描かれたことに喜びを感じた人もいるはずです。物語が展開するにつれ、次々と現れる新キャラクターや衝撃的な展開、予想外の不倫問題(!)など、常に新しい刺激が提供され、視聴者を飽きさせませんでした。
サイコガンダムの瞬殺、ヒケロの変形、マチュの大脱走、そしてララーで始まりララーで終わる物語は、まさに「恋する乙女たちの物語」として、終始「楽しい」感情を掻き立てるものでした。この側面だけを見れば、「ジークアクスはとても楽しいアニメ!最高傑作と言っても過言ではない!」という評価も頷けます。
「つまらない」と感じる理由?主人公マチュの議論
しかし、一方で「ジークアクスは失敗作ではないか?」「マチュは成長物語の主人公ではない」という手厳しい意見も存在します。物語の主人公であるマチュが、自分勝手で言うことがコロコロ変わり、周囲を巻き込み、被害を広げていく姿に魅力を感じられないという声も上がっているのです。
監督自身が「各話ごとに言っていることが違う形で作っている」「若い人は昨日と言っていることと違うことをやらかすのが印象」と語っているように、マチュのキャラクターは意図的に「生々しいクソガキ」として描かれています。監督は、カツやビーチャを美少女化して主人公にしたようなものだと例えているほどです。
しかし、17歳の高校生であるマチュが、あまりにも無軌道で無責任な行動を繰り返すことに対し、「子供を馬鹿にしすぎではないか?」「娯楽に不愉快なリアルは不要」といった批判も生まれました。例えば「千と千尋の神隠し」の千尋のように、幼い子供であればその未熟さも応援に繋がるかもしれませんが、マチュは妹のために働くジュドーやカミーユよりも年上です。監督の意図は理解できても、それが作品として「面白い」と感じられるかどうかは別問題なのです。
カミーユが親に恵まれず周囲の意思を感知しすぎた結果壊れたのに対し、マチュは親に恵まれながらも周囲の意思を無視して自由に生きたという対比も、物語としての深いテーマ性を生み出していますが、その行動が共感を呼ぶか否かは、視聴者によって大きく分かれる点でしょう。監督の言葉を借りれば、「設計図時代が間違い」とまで言われる所以も、この主人公像にあるのかもしれません。
「楽しい」と「面白い」の深淵:賛否両論の正体
では、「ジークアクスはクソアニメなのか?」「いや、神アニメだ!」といった、この極端な賛否両論は一体どこから来るのでしょうか?その答えは、「楽しい」と「面白い」が全く別の概念である、という認識にあると考察できます。
世の中には、「楽しい」を「面白い」に変換できる人と、そうでない人。そして「面白い」を「楽しい」に変換できる人と、そうでない人がいるようです。例えば、良いことがあったから面倒な仕事も「楽しい」と感じる人(楽しい→面白い)。あるいは、仕事が辛くても研究内容が「面白い」から没頭し、「楽しい」と感じる人(面白い→楽しい)。
そして、「機動戦士ガンダムジークアクス」は、おそらく「楽しい」を「面白い」に変換できる人向けに特化された、いわゆる「バズり型の完成系」なのではないでしょうか。レコンギスタがそれを目指して失敗し、鉄血のオルフェンズが途中まで成功し、水星の魔女が惜しいところまで行った結果、ついに「ジークアクス」で完成した、と捉えることもできるかもしれません。
少年ジャンプや週刊誌、さらにはYouTubeのサムネイルで使われるような「興味を引く煽り」の手法を、作品そのものに織り込んだのが「ジークアクス」の成功の要因かもしれません。昔のアニメが予告編でネタバレをして期待感を高めていたように、ジークアクスは「ネタバレ要素」を物語の中に組み込むことで、現代における「バズり」を成功させたのです。
主人公マチュは「ど真ん中のバカ」ではあるものの、「ひたすら若であるけど前を向にし求め続ける」という軸は一度もブレていません。これは、一見目的が不明瞭に見えるベルリ(Gレコ)との大きな違いです。マチュの行動は、良くも悪くも「マチュ」という軸を追いかけるならば、一貫して「楽しかった」と断言できるでしょう。一方で、宇宙世紀の世界観や設定を重視していた人にとっては、設定の投げっぱなし感が「ひどい作品」と感じる原因になったのかもしれません。
この作品の評価をめぐる激しい議論は、まるで「お祭り」に水を差すかのように映るかもしれません。しかし、「楽しい」ばかりでは危険なものも看過されかねません。危険なものに「水を差す」批判は、人類が健全に成長していくために不可欠です。この「楽しい」と「面白い」を巡る、ガンダムファンによる建設的な「殴り合い」こそが、より良い作品や文化を生み出す原動力となるのではないでしょうか。
さて、ここまで「機動戦士ガンダムジークアクス」が持つ多面的な魅力と、評価が分かれる背景について深掘りしてきました。その賛否両論こそが、この作品の大きな魅力であり、今なお語り継がれる理由です。あなたもこの「バズり型完成系」ガンダムの真髄を、あなた自身の目で確かめてみませんか?
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まとめ:終わらない議論と、未来への期待
「機動戦士ガンダムジークアクス」は、超楽しいお祭りアニメであると同時に、冷静に見れば多くのものが「ぐちゃぐちゃ」な、監督の意図すら擁護しがたい側面も持ち合わせていました。しかし、この作品が生み出した「楽しさ」と「面白さ」という二つの側面、そしてそれらを巡る激しい「殴り合い」とも言える議論こそが、作品をより深く理解し、楽しむための、そして未来のエンターテインメントを創造するための糧となることでしょう。
ガンダムという巨大なコンテンツが、常に新しい形を模索し、挑戦し続ける姿を見せてくれた「ジークアクス」。いつか、この作品で生まれた議論の先に、「楽しさと面白さが双方兼ね備わった」新たなガンダム作品が生まれることを期待せずにはいられません。ぜひ、あなた自身の目でこの賛否両論の渦中にある作品を体験し、自分なりの答えを見つけてみてください。
