【鬼滅の刃】上弦の鬼たちの壮絶な最期と、彼らが「失っていたもの」とは?深掘り考察!

鬼滅の刃ファンの皆さん、こんにちは!

鬼の中でも最強の集団であり、炭治郎や柱たちと激闘を繰り広げた相手といえば「上弦の鬼」ですよね。まさに人類の敵と言える彼らですが、実は凄惨な過去を持っていたり、人間時代の記憶や経験が鬼になってからも強く影響していたりと、鬼殺隊に負けずとも劣らない人間臭さが魅力の一つとも言えます。

今回はそんな上弦の鬼たちの「最期」に焦点を当て、彼らがなぜその結末を迎えたのか、そして彼らが「自分にないものを持っている人間」によって倒されたのではないか?という考察を深掘りしていきます。最後までお楽しみください!

なお、上弦で唯一無惨によって殺された鳴女(なきめ)については、今回は割愛させていただきます。

上弦の壱:黒死牟(こくしぼう)~「本質を見極める目」を持たなかった男

六つの目が特徴的な黒死牟は、無惨によって最初に生み出された上弦の鬼だとされています。人間時代の名は「継国巌勝(つぎくに みちかつ)」といい、火の呼吸を生み出した始まりの剣士・継国縁壱(よりいち)の双子の兄です。

最期の戦いと気づき

黒死牟は岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま ぎょうめい)、風柱・不死川実弥(しなずがわ さねみ)、時透無一郎(ときとう むいちろう)、そして不死川玄弥(しなずがわ げんや)の4名との戦いで死亡しました。

限界を超えた戦いの中、首を切られる事態にまで追い詰められながらも、死の間際に進化し首の弱点を克服します。半ば無敵の存在となった黒死牟ですが、刀に移った自身の醜い姿を見たことで衝撃を受けます。「この国で一番強い侍になる」という夢を思い出した黒死牟は、「これが本当に俺の望みだったのか」と愕然としました。そして本当の望みを思い出した彼は、縁壱を思いながら消滅し、その後には幼い頃縁壱に渡した木の笛が残されていました。

彼が失っていたもの、そして対比

黒死牟が戦った柱たちとの間には、興味深い対比が見られます。

  • 無一郎(同じ双子):天性の才能を持つ縁壱に嫉妬し、力を追い求めて鬼となった黒死牟。同じ双子であり、自身の子孫でもある無一郎が刃を向けてくる様は、縁壱の姿を思い出させたことでしょう。無一郎を鬼に引き入れようとしたのは、間接的に縁壱を自分と同じ土俵に引きずり降ろしたかったのかもしれません。
  • 不死川兄弟(互いを案じる兄弟):弟を真っ当に愛せなかった黒死牟にとって、互いのために自らを犠牲にする不死川兄弟の姿は、眩しくも不愉快に映ったはずです。
  • 悲鳴嶼行冥(盲目と六つ目):目が六つもある黒死牟とは対照的に、盲目の悲鳴嶼さんは物事の本質を見抜く力を持っていました。黒死牟は縁壱の動きを捉えるためや、「透き通る世界」を見るために目を増やしましたが、本質を見極めることには繋がりませんでした。最期まで目先の強さに囚われ、縁壱への本当の思い(憧れ)に気づかなかった黒死牟と、視力がなくても本質を見極められた悲鳴嶼さんは、見事な対比となっています。

黒死牟は死の間際に「醜い化け物になっても強くなりたかったのか」と自問自答し、「私はただ縁壱、お前になりたかったのだ」と、縁壱の強さや人柄に惹かれていた事実を認めました。もしもっと早く自身の本当の気持ちを認めることができていたら、二人の結末は変わっていたのかもしれませんね。

上弦の弐:童磨(どうま)~「感情」を知らなかった悲しき鬼

白と鶴バミー色の頭髪と虹色の瞳が特徴的な童磨。鬼でありながら「万世極楽教」という宗教の教祖をしており、「救済」という名目で信者たちを食らっていました。

最期の戦いと気づき

童磨は虫柱・胡蝶しのぶ、栗花落カナヲ(つゆり かなを)、嘴平伊之助(はしびら いのすけ)の3名によって討伐されました。

しのぶは姉カナエの敵である童磨との戦いに決死の覚悟で挑みます。毒が次々に分解され劣勢に立たされる中、最後の力を振り絞って放った技も致命傷にはならず、しのぶは童磨の体に吸収されてしまいます。しかし、これはしのぶの作戦でした。彼女は自らの肉体を致死量の700倍にも及ぶ藤の花の毒に変えていたのです。

その後、伊之助と共に童磨に挑んだカナヲは前線するもダメージを与えるのが難しい状況でしたが、しのぶの毒によって肉体が誘拐し始めた童磨は、伊之助の「思いつきの投げ先」とカナヲの「対の型・彼岸朱眼」によって首を切られ、死亡しました。

彼が失っていたもの、そして対比

人間時代から感情を持ち合わせていなかった童磨ですが、作中では何度か感情の機微とも取れる言動が見られます。特に、カナヲに感情がないことを指摘された際には、貼り付けたような笑みから一変して真顔になり、不快とも取れる感情をあらわにしました。童磨が怒りを露わにしたのは、作中で唯一カナヲに対してだけです。

  • カナヲ(感情を取り戻した少女):カナヲも童磨と同じく、幼少期の出来事が原因で感情を失いかけていました。しかし、胡蝶姉妹や仲間たちとの出会いを通じて感情を取り戻しています。童磨が手に入れられなかった感情を手に入れ、理解している存在がカナヲなのです。これは、童磨が感情のない自分に劣等感を抱いていたことの現れかもしれません。
  • 伊之助(感情豊かな野生児):感情を理解できず、演じながら生きてきた童磨にとって、自らの感情に正直に生きる伊之助は対極に位置する存在でした。イノシシの被り物のせいで表情が読み取りにくい伊之助ですが、煉獄さんが亡くなった時や炭治郎が鬼化した時など、仲間を思って大粒の涙をこぼす姿も見せています。

童磨は感情に振り回される人間を見下すような態度をとっていましたが、実は自分に感情がないことを気にしていた可能性があります。カナヲに首を切られた後、彼は死後の世界で再会したしのぶに「恋」をしました。「本当に存在したんだね、こんな感覚が」と恍惚とした表情で語る様子から、童磨が人の感情に憧れており、本心ではずっと追い求めていたことが伺えます。死んでようやく感情を手に入れた童磨は、どこか空気の読めない彼らしい最期でした。

上弦の参:猗窩座(あかざ)~「本当の強さ」を求めた武闘派鬼

桃色の頭髪が特徴的な猗窩座は、肉弾戦を得意とする上弦の鬼の中でも最も武闘派と言える存在です。無限列車編では炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)と戦い、無限城では炭治郎と水柱・冨岡義勇(とみおか ぎゆう)と対峙しました。

最期の戦いと気づき

猗窩座は炭治郎と冨岡義勇との戦いで死亡しました。

圧倒的な力を持つ猗窩座に苦戦を強いられる炭治郎と義勇でしたが、炭治郎は「透き通る世界」を、義勇は「痣」を発現させ、ついに猗窩座の首を切ることに成功します。しかし、強さへの執着から猗窩座は首を失っても戦い続けました。

力を使い果たして失神した炭治郎を庇う義勇の姿をきっかけに、猗窩座は人間時代の記憶を取り戻していきます。記憶を辿る中で、どこか炭治郎に似たかつての師である慶蔵(けいぞう)の教えを思い出した猗窩座は、本当に倒したかった相手が自分自身であることを悟りました。そして、それを思い出させてくれた炭治郎に感謝の笑みを向け、自ら体の再生を止めて死を選びました。

彼が失っていたもの、そして対比

作中で何度も「弱者が嫌い」と語っていた猗窩座ですが、その理由は人間時代の恋人である恋雪(こゆき)や慶蔵を、実力で勝てない卑劣な者たちに毒殺された経験があるからです。大切な人を守れなかった自分、そして守るために教わった拳を復讐の道具として使った自分自身の心を、彼は何よりも弱いと感じていました。

  • 炭治郎(素直で誠実な強さ):猗窩座は自身の記憶を取り戻す中で、慶蔵と炭治郎を重ねて見ていました。素直でまっすぐな二人の姿に、猗窩座はかつて道を誤った自分を正してくれた慶蔵の拳を思い出しています。炭治郎は猗窩座が本当になりたかった「強いもの」であり、同時に眩しくも憎い存在だったのでしょう。
  • 義勇(口下手だが秘めた誠実さ):義勇は口数が少なく感情を表に出しません。人間時代の猗窩座は「鬼ご」と呼ばれるほど威勢のいい青年でしたが、恋雪との約束を守れなかった自分を責め、「口先ばかりで何一つ成し遂げられなかった」と感じていました。一方義勇は、炭治郎と禰豆子のために自身の命を懸けたり、亡き友・錆兎(さびと)との約束を最後まで守り抜こうと尽力したりと、うちに秘めた誠実さがあります。義勇もまた、猗窩座にないものを持っていたと言えるでしょう。

強さを求めて鬼となった猗窩座ですが、本当に望んでいたものは単純な強さだけではありませんでした。大切な人との約束を守り通せる心の強さ、そして卑怯者から恋人を守れる強さ。猗窩座はこれらを併せ持つ炭治郎と義勇に出会ったことで、自分が本当になりたかったものを思い出すことができたのです。

上弦の肆:半天狗(はんてんぐ)~「自己欺瞞」に生きた臆病な鬼

小柄なおじいさんのような外見をした半天狗は、玉壺とともに刀鍛冶の里を襲撃しました。上弦の鬼でありながら、あらゆる物事に対して常に怯えた態度をとります。

最期の戦いと気づき

半天狗は炭治郎、恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじ みつり)、不死川玄弥と戦い、最終的には炭治郎に首を切られて死亡しました。

彼は喜怒哀楽を模した分裂体を生み出し、斬られるたびに分裂体が増えていく非常に厄介な敵でした。分裂体を使って人々を襲い、自分は身を隠して被害者ぶる半天狗の態度には、炭治郎も「その全ての責任は必ず取らせる!絶対に逃がさない!」と激昂していましたよね。逃亡を繰り返す半天狗でしたが、執念で本体を追い詰めた炭治郎によって、本体の首を切られて死亡しました。

彼が失っていたもの、そして対比

半天狗は人間時代から嘘ばかりついていました。相馬灯では、盲目を装って盗みを働き、バレれば「この手が悪い」と言い訳をし、罪に問われれば口封じのために殺人すら厭わなかったようです。公式ファンブックでは、幼少期から自分の都合の良いように事実や解釈を捻じ曲げる、歪んだ思考の持ち主だったことが明かされています。

嘘をつくたびに名前や年齢、生い立ちなどを変え続けた結果、半天狗自身にも本当の名前や年齢、生い立ちが分からなくなってしまいました。そのくせ、「この世で自分よりかわいそうなものはいない」と思っている、真性の自己中心的な性格と言えるでしょう。

  • 炭治郎(嘘がつけない正直者):半天狗の対極に位置するのが炭治郎です。正直者の炭治郎は嘘をつくことができません。不意打ちもできない彼の姿は、自分を守るために嘘をつき、あらゆる責任から逃げ続けてきた半天狗とは正反対のまっすぐな志を持っています。
  • 甘露寺蜜璃(自分に正直に生きる者):甘露寺もまた、お見合いが破談となった経験から、大食いで力持ちな側面や、独特の髪の色を隠していた過去がありました。自分を偽る行為をやめ、自分らしく生きるために鬼殺隊となった彼女は、自分を偽り続けた半天狗とは対照的です。
  • 不死川玄弥(兄を想う一途な心):鬼殺隊としての才能に恵まれなかった玄弥は、鬼を食うという邪道とも言える行為に踏み切りました。それは「兄を守りたい」という一途な思いゆえの行動です。自分を守るために嘘をつき、あらゆる責任から逃げ続けてきた半天狗とは正反対の、まっすぐな志の持ち主です。
  • 竈門禰豆子(鬼でありながら人を守る存在):鬼でありながら人を食わず、人のために戦う禰豆子の姿も、自分を隠して人間を襲う半天狗とは対照的です。

半天狗は、自分にないものを持った者たち、つまり「正直さ」「誠実さ」「責任感」「他者への献身」を持つ者たちによって討伐されたと言えるのかもしれません。

上弦の伍:玉壺(ぎょっこ)~「芸術」に囚われた歪な鬼

両目が口になっている異形の鬼、玉壺。作中では半天狗とともに刀鍛冶の里を襲撃し、甚大な被害を与えました。常に壺の中に入っており、壺から壺へ自由に移動でき、特殊な力を持つ粘魚やタコといった水生生物を出現させ、操ることができます。

最期の戦いと気づき

玉壺は霞柱・時透無一郎によって討伐されました。

刀鍛冶の里を襲撃した玉壺は、無一郎の隙をついて決血術「鉢」へと閉じ込め、先にある小屋へと足を運びます。そこで一心不乱に刀を研ぐ鋼鐵塚蛍(はがねづか ほたる)さんに遭遇します。鬼の自分には脇目も振らずに刀を研ぎ続ける鋼鐵塚さんに圧倒された玉壺は、「気に食わぬ…殺すのは造作もないことだが、なんとかこの男に刀を放棄させたい。この集中、切りたい」と、鋼鐵塚さんの意識を刀から自分に切り替えようと試みました。

しかし、切りつけられても、片目をつぶされても意に介さず刀を研ぎ続ける鋼鐵塚さんに、ついに玉壺も「まともではない」とドン引きしていましたよね。こうして時間を取られているうちに無一郎が水牢から脱出し、「赫刀(かくとう)」に覚醒。記憶を取り戻し、戦う意味を見出した無一郎の「漆の型・朧」に翻弄された玉壺は、一撃のもとに首を切られ死亡しました。

彼が失っていたもの、そして対比

玉壺といえば、生きた人間同士を融合させたものを「作品」と呼ぶなど、独特な感性が特徴的ですよね。作中では度々「芸術」を口にしており、芸術家を気取っています。こうした感性は人間時代からすでに持ち合わせていたようで、魚の死骸を収集したり、自分をからかいに来た村の子供を殺して壺に詰めたりといった奇行が明かされています。

  • 鋼鐵塚蛍(純粋な職人魂):方向性こそ違いますが、同じ「作り手」として、鋼鐵塚さんが見せた極限の集中力に玉壺は惹かれるものがあったのでしょう。実際、玉壺は刀を研ぐ鋼鐵塚さんを見て「私とてこれほど集中したことはない…芸術家として負けている気がする」と感じています。玉壺が鋼鐵塚さんをあえて殺さずに刀を研ぐ邪魔をしたのは、下手をすれば自分よりも芸術家として優れているかもしれない鋼鐵塚さんの存在を認めたくなかったからかもしれません。あるいは、独特の感性を持つ玉壺ですら、一心不乱に刀を研ぐ鋼鐵塚さんの姿を「美しい」と感じてしまったのかもしれません。

もし玉壺が鋼鐵塚さんをすぐに殺していたのなら、無一郎が水牢から脱出できるだけの猶予もなかったと考えられます。自分以上の芸術家に出会ってしまったことが、玉壺自身の命を刈り取る結果となったのではないでしょうか。

上弦の陸:妓夫太郎(ぎゅうたろう)・堕姫(だき)~「幸せ」を知らなかった兄妹鬼

妓夫太郎と堕姫は遊郭編で登場した2人1組の鬼で、実の兄妹でもあります。妹の堕姫は遊郭でもトップクラスの花魁と言われるほどの美貌を持ち、高飛車でわがままな性格をしているのに対し、兄の妓夫太郎はボサボサの髪に痩せ細った体をしており、陰険な性格をしています。

最期の戦いと気づき

妓夫太郎と堕姫は、どちらか片方の首を切っただけでは消滅せず、すぐに再生する特性を持っています。炭治郎たちは二手に分かれて妓夫太郎たちと戦い、最終的には善逸と伊之助が堕姫の首を、炭治郎が妓夫太郎の首を飛ばして決着となりました。

死後の世界で再会した兄弟ですが、妹が道を違えた原因が自分にあると考えていた妓夫太郎は、駆け寄ってきた堕姫を突き放します。しかし堕姫との会話から、人間時代に交わした「ずっと一緒にいる」という約束を思い出した妓夫太郎は、妹を背負って共に地獄へ進んでいきました。

彼らが失っていたもの、そして対比

炭治郎がその境遇を「いつだって一つ違えば、いつか自分自身がそうなっていたかもしれない状況」と感じていたように、妓夫太郎と堕姫は竈門兄弟にとっても「もしかしたらなっていたかもしれない存在」だと言われています。

  • 竈門兄弟(愛された兄妹):妓夫太郎たちは貧困街に生まれ、親の愛情を知らずに育ちました。一方、竈門兄弟は幸せな家庭に生まれ、深い愛情を受けて育っています。生まれ育った環境が違うだけで、もし立場が違っていれば炭治郎も鬼になっていたかもしれないのです。妓夫太郎は炭治郎に対して「お前、全然妹を守れてねえじゃねぇか」と言い、過去に自分が言われた言葉を使って罵倒していました。同じ兄弟でありながら、幸せを享受し、仲間にも恵まれた竈門兄弟の存在は、妓夫太郎にとっては腹立たしい存在だったのでしょう。
  • 禰豆子(自立した妹):堕姫も禰豆子も鬼となり兄に守られているという点は同じです。しかし、妓夫太郎にとって堕姫は守るべき存在であり、堕姫も困ったことがあるとすぐに泣き出して兄に助けを求めます。一方、禰豆子は率先して兄の助けになろうと行動しています。自分でできることは自分の力でやろうとするタイプに見えますよね。こうした点から、堕姫と禰豆子もまた「似て非なるもの」として描かれているのではないでしょうか。
  • 宇髄天元(派手好きで幸せな家庭):炭治郎たちとともに戦った音柱・宇髄天元は、忍びの家系に生まれ育ち、派手を司る神を自称するほどの派手好きです。遊郭に潜んでいた妓夫太郎たちとは夜の世界に生きているという点が共通しています。堕姫の花魁としての華々しさとも重なりますね。自分たちと似ているにも関わらず、妓夫太郎からすれば天元は「何でも持っている」ように見えたようです。実際に妓夫太郎は、端正な顔立ちで嫁が三人いる天元に対して何度も「妬ましい」と言っていました。

妓夫太郎と堕姫は、自分たちに似た境遇でありながら幸せを掴んだ人物、つまり「与えられた幸せを享受し、それを守り抜く強さ」を持つ人物に倒されたのかもしれません。

新上弦の陸:獪岳(かいがく)~「優しさ」を受け止められなかった鬼

獪岳は堕姫と妓夫太郎の後釜として十二鬼月となった新上弦の陸です。異様なまでの自尊心の高さが特徴的な鬼です。人間時代は善逸とともに元鳴柱・桑島慈悟郎(くわじま じごろう)のもとで雷の呼吸を学んだ兄弟弟子でした。

最期の戦いと気づき

獪岳は我妻善逸によって討伐されました。

無限城での最終決戦で善逸と対峙した獪岳は、師である桑島さんが自分のせいで腹を切ったことを意にも介さず、罵詈雑言を浴びせました。雷の呼吸の後継者に選ばれるほどの剣技と血鬼術の合わせ技で善逸を追い詰める獪岳でしたが、善逸が独自に編み出した技である「雷の呼吸 漆ノ型 炎雷神」によって首を切られます。これまでずっと見下してきた善逸に敗北した事実を受け入れられない獪岳は、死の間際まで不満を垂れ流していました。そして消滅する寸前、愈史郎に「人に与えないものはいずれ人から何ももらえなくなる」と冷淡な言葉を突きつけられ、絶望のまま死亡しました。

彼が失っていたもの、そして対比

獪岳は人間時代から善逸を嫌っていました。彼はもともとひたむきに努力を重ねる真面目な性格であり、善逸からも尊敬されていました。しかし、善逸が「心の中の幸せを入れる箱に穴が開いている」と評したように、獪岳は誰よりも自分が特別な扱いを受けないと満足できない性質でもありました。

単行本のおまけページでは、桑島さんが二人を分け隔てなく大切にしていたことで、獪岳が不満を募らせていった事実が明かされています。獪岳にしてみれば、自分が先に弟子入りしたにも関わらず、不出来な弟子と同じ扱いを受けることが納得できなかったのでしょう。

  • 我妻善逸(他者の優しさを受け入れられる者):獪岳の行動原理はすべて自分にあります。一方、善逸は情けなく泣き叫んだり逃げ出したりといった姿こそありますが、最終的には「誰かのため」に行動できる心の強さを持っています。例えば、基本である壱ノ型が使えない獪岳を他の隊士がバカにした際、相手が自分よりも上の階級だったにも関わらず、善逸はその隊士を殴りました。たとえ嫌われていようとも、真面目で修行にひたむきな兄弟子は特別であり、尊敬できる相手だったからです。

境遇こそ同じですが、善逸は桑島さんや炭治郎をはじめとする仲間たちの優しさを受け入れていくうちに、次第に孤独から抜け出していきました。獪岳と善逸の心境の変化は、単行本145話の扉絵を見てもよくわかります。初めは自信なさそうに俯いている善逸が、仲間を得たことで笑顔になっています。一方、獪岳はずっと一人でうつむいています。

桑島さんや善逸など、獪岳にも優しさを向けてくれた人はいたはずです。しかし、「幸せを入れる箱に穴が開いていた」獪岳は満足できませんでした。自分に向けられた優しさに気づき、それを受け止められたかどうかが、二人の進む道を決定づけたのかもしれません。

【鬼滅の刃】上弦の鬼たちの物語をもっと深く知りたいあなたへ!

宿敵・無惨の配下として鬼殺隊の前に立ちはだかった上弦の鬼たち。一見すると人の心を持たず、冷酷に殺戮を繰り返す存在に見える彼らですが、作中の言動や背景を掘り下げていくほど、「認められたい」「幸せになりたい」といった人間らしい感情が垣間見られてきます。

彼らの壮絶な過去と最期の瞬間に秘められた真実に触れると、鬼として人々を襲った罪は消えなくとも、その不幸な境遇を考えると複雑な思いを抱いてしまいますよね。彼らの生き様や鬼殺隊との激闘は、アニメや漫画でしか味わえない、まさに珠玉の体験です。

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まとめ

今回は上弦の鬼たちの最期に焦点を当て、彼らがなぜその結末を迎えたのか、そして彼らが「自分にないものを持っている人間」によって倒されたのではないか?という視点で深掘り考察しました。

黒死牟の「本質を見極める目」、童磨の「感情」、猗窩座の「本当の強さ」、半天狗の「自己欺瞞」、玉壺の「純粋な芸術」、そして妓夫太郎・堕姫、獪岳の「幸せ」や「優しさの受容」。彼らが最期に気づいたこと、あるいは最後まで得られなかったものを通して、『鬼滅の刃』という作品が持つメッセージの深さを改めて感じることができたのではないでしょうか。

上弦の鬼はなんだか憎めない、猗窩座の過去が悲しすぎる…そう思ったあなたは、もうすでに鬼滅の刃の沼にどっぷりハマっていますね!これからも鬼滅の刃の素晴らしさを一緒に深掘りしていきましょう!

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