【機道戦士ガンダム ジークアックス】最終話のその後に迫る!マチュ、ニャン、シャー、ララー、修ジ、バララーの未来を徹底考察

最終話が感動的な幕引きを見せた『機道戦士ガンダム ジークアックス』。しかし、物語が綺麗に収束したかに見えても、多くの視聴者の心には「あのキャラクターたちはその後どうなったの?」「修ジの正体って結局何だったの?」「バララーはどこへ?」といった疑問が残っているのではないでしょうか?

今回は、そんな『ジークアックス』の最終話で語られなかったキャラクターたちの未来を、徹底的に解説・考察していきます。公式見解とは一線を画す部分もありますが、もし「正史(オリジナルガンダム作品群)」と繋がっていたら、という視点も交えながら深掘りしていきますので、ぜひ最後までお楽しみください!

公式見解と非公式考察:『ジークアックス』世界と正史宇宙の関係

まず押さえておきたいのは、『機道戦士ガンダム ジークアックス』の世界と、その原点である「正史宇宙(公式のガンダム作品群)」との関係です。

公式X(旧Twitter)では、この二つの世界は直接繋がらない「別の物語である」と明言されています。つまり、公式に準拠する限り、『ジークアックス』と正史に直接的な関わりはありません。

しかし、最終話では正史の映像が回想として流れるなど、視聴者の想像力を掻き立てる演出が多々見られましたよね。今回の考察は、あくまで公式見解の「外側」に踏み込み、「もしも正史と繋がっていたら」という視点で、キャラクターたちのその後を深掘りしていきます。作品の持つ「余白」を最大限に楽しむための、壮大な物語の続きを一緒に考えていきましょう。

マチュとニャンの「自由」を求める旅の行方

最終話のラストシーン、マチュとニャンが地球の砂浜で穏やかに過ごす姿は、多くの視聴者の心を癒したことでしょう。あの砂浜は、『ジークアックス』世界の地球だと考えられます。

ニャンが「(母親の)たまきに会いに行ってあげないの?」と問い、マチュが「迷惑でしょ、お尋ね者だもん」と返す場面は、彼女が背負うものの大きさを感じさせます。しかし、もしこれが別世界でのやり取りなら、もっと重い空気が流れていたはずです。サイドシックスを追われても平然としていたマチュの性格を考えると、あまり気にせず、今この瞬間の自由を享受しているのかもしれません。

では、二人はこの後何をするのでしょうか? 結論から言えば、二人は「修ジ」を追って、あるいは自らの「自由」を求めて世界線を旅するのだと考えられます。

本編を通して繰り返し描かれてきたテーマは「自由」でした。マチュが望んだのは、誰かに決められた世界から抜け出す自由。「こんなキラキラした自由な世界があることを修ジは教えてくれたんだ」というセリフに、その思いが凝縮されています。一方、ニャンが求めたのは、自分の生き方を自分で選ぶ自由。「私が合わせなくていい。私の思う通りに世界が答えてくれる自由だ」という言葉は、難民として生き方を許されなかった彼女の切実な願いでした。

シャロンのバラとの出会いを通して、「この世界だけが全てじゃない」と知ってしまったマチュは、常識に縛られず、現実の枠を飛び越える「本物の世界」を探しに行くでしょう。そして、ニャンもまた、初めて自分の意思で生き方を選び、マチュと共に旅に出ることが、彼女にとっての新たな自由なのだと思います。

ゼクノバとアムロの思念が繋ぐ、新たな世界への扉

では、どうやって別の世界へ向かうのか? その鍵となるのが、平行世界を繋ぐ特異現象「ゼクノバ」です。ゼクノバを引き起こすには「2つのサイコミュを持つ機体」が必要だとシャーは語っていました。

マチュとニャンは、まさにその条件を満たす“カード”を持っています。一つはニャンのジフレド(コアファイターが無事)。そしてもう一つが、マチュのジークアクスに搭載されていたエンディオンユニットです。あの声、そして一瞬映った影……それは、向こう側のアムロの思念が組み込まれたユニットだったのでしょう。

ハロの反応も、アムロの思念が深く関わっていたことを示唆しています。時にマチュの心を読んだり、ララァオンに反応しなかったり、シャーの問いに頬を染めたり……これらの揺れる反応は、ハロの中にアムロの思念が宿っていたタイミングだったと推測できます。ラストシーンでアムロの思念が完全に消えたわけではなく、ジークアクス世界に残っている可能性も考えられます。

もしそうであれば、ジークアクスのオメガ・サイコミュはまだ使用可能。さらにジフレドにもルイジの装置が残っていれば、この世界には2つのサイコミュが存在することになります。そう、ゼクノバを引き起こす条件はもう揃っているのです! ジークアクスとジフレドに少し回収を加えれば、次の世界へと飛ぶための「ゼクノバ航行」が二人の目の前に開かれるのかもしれません。

さらに、マチュはララーをガンダムに殺させないというアムロの願いを叶えました。彼女はララーを守り、戦いを止めたのです。その意味で、アムロはマチュに借りがある。だからこそ、これからもエンディオン・アムロの力が、彼女たちの背中を押し、修ジのいる世界へと移動していくことになるでしょう。

シャーとララーの、静かで穏やかなる未来

次に、シャーとジークアックスのララーのその後について想像してみましょう。最終話で二人が出会う直前の描写は、本当に印象的でしたよね。特にララーの表情は、多くの視聴者の心に残ったのではないでしょうか。

軍を抜けたお尋ね者のシャー、そして特殊な力を持つララー。二人には、周囲から目をつけられる可能性も十分にあります。もしかしたら、この二人は『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』のラストのように、人目を避け、ひっそりとどこかで暮らすことになるのかもしれません。誰の命令でもなく、自分たちの意思で静かな時間を選ぶ。そんなエンディングもまた、彼ららしいのではないでしょうか。

ちなみに、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、ララーにはインドのムンバイに実家があり、たくさんの兄弟姉妹がいるという設定が語られています。もし、家族の多さからたくさんの命に囲まれて生きたいと願うなら、シャーとララーの間に子供が何人も生まれる、なんて未来も想像できますよね。

そして、このシャーとジークアックスのララーが結ばれることになれば、子供が生まれるはずです。この子供こそが、後に「修ジ」と呼ばれる存在になる可能性が高いと言えます。

修ジの正体と、宇宙を巡る運命の環

修ジの正体、それはズバリ「シャーとララーの息子であった」と考えられます。作中には、この説を裏付けるヒントが散りばめられているのです。

修ジは「向こう側の世界」からやってきた存在で、ジークアックス世界でシャーと出会います。その際、彼は「シャロンのバラ」、つまりバララー(別世界のララー)に取り憑かれたとされています。ここから推察されるのは、修ジが潜在的に、世界線を超えたララーの宇宙を感じ、思い出したのではないかということ。

さらに、修ジがララーとシャーの息子である可能性を示唆する大きなヒントとして「匂い」があります。『ジークアックス』で度々登場するこの表現。第11話でマチュは、シャーと修ジの匂いが同じであることを感じ取る描写がありました。物理的な匂いか直感的なものかは不明ですが、いずれにせよ、シャーと修ジが共通の要素を持っていることが分かります。

シャーと修ジの同一要素、そしてララーに対する運命的な繋がり。これらの点から、修ジはララーの子供であり、シャーとの子供を望んだララーが宇宙改変ループに巻き込まれた結果、本来誕生できなかった存在であると仮説できます。

この大胆な仮説は、これまで回収されなかった伏線を紐解くことで、より現実味を帯びてきます。例えば、修ジの髪色は青みがかった黒で、これはララーの髪色と酷似しています。また、コンチが『W93(逆襲のシャア)時代』のパイロットスーツに色が似ていたのも、ここで関連性が出てくるのです。修ジという名前の「ジ」は、漢数字の「二」や「次」に当てはめられ、つまり「二人目」である可能性が高い。「週一(シューイチ)」という長男がいるとすれば、あのシャーの声優・池田秀一さんとも繋がりますよね。

そして、シーク戦の最後。シークは死ぬ間際に恨みを払い、修ジのやりたいことを見て微笑みます。シークは最後に母として「坊や(修ジ)」のビジョンを見ていますから、修ジの語られなかった思いの中に「母の像」があったはずです。赤いガンダムに乗った「恨みの対象」であり、血も涙もない敵と認識していたシークが、彼もまた一人の母を愛する少年であったと理解したからこそ、微笑んだのではないでしょうか。マチュをくんくんしていたのも、ニュータイプであることを知り、この世界のララーかどうかを確かめたかったからだと推察できます。

このように、ララーが修ジの母であるという視点で物語を振り返ると、様々な点に合点がいきやすくなります。では、修ジは『ジークアックス』世界から消え、どこへ行ったのでしょうか? それは、バララーが生み出した新たな世界、つまりバララーについていったのだと考えられます。『ジークアックス』世界のララーはシャーと出会い、幸せに暮らせるはずです。このまま放っておいても、『ジークアックス』世界の修ジは生まれるはず。だから、彼は次の世界、ララーが望む世界になり自身が生まれてくるように、バララーに追随し新たな世界を監視しているとも考えられます。

いかがでしたでしょうか? 『機道戦士ガンダム ジークアックス』の最終話が残した深い余韻。物語の核心に迫るこれらの考察は、きっともう一度本編を見返したくなったのではないでしょうか?

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バララーの旅路:愛する人たちが幸せな世界を求めて正史へ

最後に、バララーのその後と正史との関連性について見ていきましょう。

冒頭でお話しした通り、『ジークアックス』世界と正史は公式に直接的な関わりを持っていません。しかし、バララーの行動を紐解いていくと、このような壮大な繋がりを考えることができるのです。

結論として、バララーは「自分が愛する人たちが幸せになる世界」を目指し、最終的に「正史世界」へたどり着いたと考えられます。

「シャロンのバラ」と呼ばれるララー(バララーと呼びます)が何をしてきたのかをおさらいしましょう。彼女は、とあるパラレル世界(正史宇宙に相当する戦闘)で、白いモビルスーツのパイロットに追い込まれたシャーをかばい、激墜されてしまいます。この絶望に打ちひしがれたバララーは、自らのニュータイプ能力とサイコミュの共振によって、ゼクノバに似た現象を発生させます。修ジ曰く、バララーは「絶望の波動でもう一つの宇宙を作った」とされています。それが『ジークアックス』世界であり、さらにズダやビグロで死んだ別の宇宙も生み出しているのです。このように、バララーは世界を生み出すという特殊な事象を発生させることができる存在なのです。

では、なぜバララーは正史へたどり着こうとしているのでしょうか?

まず、バララーは『ジークアックス』世界へたどり着く前、何度も別の世界を生み出してきました。これは、まさに「シャーが死なない世界を作るため」であり、それが失敗するたびにリセットを行ってきたのです。しかし、『ジークアックス』世界ではどうだったかというと、シャーは死なず、ララーも生存しています。つまり、これこそバララーが望んでいた世界だと考えても良いはずです。

しかし、バララーにはもう一つ成し遂げたいことがあります。それは、「シャーも生きており、アムロも生きている世界」です。なぜでしょうか? その示唆が第9話に描かれています。ジークアックスのララーは、別世界の自身の未来を見て、マチュには「二人とも私には大切な人なのよ」と語っていました。つまり、ララーが真に望む世界とは、シャーが生き残る世界だけでなく、シャーとアムロどちらも幸せに生き続ける世界だと考えられます。

そして、それを体現したのが「正史」と言えるのです。

正史では、明確には描写されていませんが、アムロとシャーは『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』にて行方不明、つまり死亡しているはずです。二人とも死んでしまっていますし、ララーさえ死んでいます。しかし、これで良いのです。まず、ララーは「光る宇宙」で死んでしまいますが、それにより肉体が解放され、思念体としてシャーとアムロの間を永遠に行き続けることができる存在になりました。アムロも「光る命」にて思念体としてララーと再会し、時を超えた存在となることができ、二人で永遠を過ごすことができています。シャーも『機動戦士ガンダムUC』においてフル・フロンタルから魂を解放され、最終的に3人で思念体として永遠に、そして幸せに生き続けることができるようになったのです。

ですから、正史世界というのは、バララーにとって大事な二人が「思念体として」幸せになる、最もベストな世界だったわけです。『ジークアックス』世界では、シャーが死ぬ絶望的な世界を回避することができました。しかしアムロが現れなかった。次は、アムロがいて、かつシャーが生存する世界を生み出すよう試みることでしょう。例えば、富野監督による小説版『機動戦士ガンダム』では、アムロが死亡し、シャーが生存するという、『ジークアックス』における向こう側の世界と真逆の現象が起きています。この世界は、『機動戦士ガンダム ジークアックス』の文脈で解釈するならば、『ジークアックス』世界の後にバララーがシャーとアムロを同時に幸せにするために生み出した世界なのかもしれません(当然、正史や富野監督にそのような意図はないはずであることをご承知おきください)。

まとめ:物語の余白が織りなす、無限のガンダム宇宙

今回は、『機道戦士ガンダム ジークアックス』最終話のその後に焦点を当て、マチュとニャン、シャーとララー、そして修ジやバララーラまで、キャラクターそれぞれの未来を深掘りしてきました。

公式では別であるとされる『ジークアックス』世界ですが、ラストで語られた様々な演出は、正史との繋がりを想像させてくれます。マチュとニャンは自由を求めて新たな世界へと旅立ち、ララーは愛する人たちが幸せである未来を信じて新たな宇宙を生み出す。そして修ジは自らの執念と運命を受け入れ、また別の世界を見守っていく。

公式設定の枠を超えた考察ではありますが、こうした物語の「余白」があるからこそ、私たちはガンダムの物語を何よりも深く想像し続けられるのかもしれませんね。

あなたは、この『ジークアックス』最終話の後、どんな未来を思い描きましたか? もしよろしければ、コメントで皆さんの考察も教えてくださいね。

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