「ガンダムジークアクス」の主人公、マチ(手譲り箱)について、「感情移入しにくい」「行動が分かりづらい」「なぜ修二にそこまで執着するのか」といった疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか?実は、マチ役の声優・黒沢ともよさんも、アフレコ中に涙するほど、演じる側から見ても理解に苦しむキャラクターだったようです。
しかし、マチの行動には一貫した思考パターンがあり、修二への思いも単なる一目惚れだけではありません。この記事では、そんなマチの複雑な内面と行動理由、そして修二への執着の核心を、大きく3つの視点から深掘りしていきます。この記事を読めば、きっとマチへの理解が深まり、作品をより一層楽しめるはずですよ。
マチの「正義感」と「アウトロー精神」の根源
マチの行動の背景には、彼女が持つ独特の「正義感」と「偏見のなさ」があります。劇中の描写や、シリーズ構成・脚本のえのきどいちろうさんの言葉からも、マチが強い正義感を持ち合わせていることが伺えます。
偏見のない視点と強い怒り
特に注目すべきは、難民であるニャンに対して、マチが一切偏見を持たず、同世代の女の子として平等に接している点です。劇中の世界では、軍系による難民への差別が明確に描かれています。そんな中でマチは、ニャンへの暴力や難民居住区の破壊を目にした時、強い怒りを露わにし、自らポメラニアンズのザに乗り込み、軍系ザと戦うことを決意しました。
この時の怒りの表情は一瞬で、気づきにくいかもしれませんが、彼女の根底にあるのは、不当な扱いを受ける人々への純粋な怒りだったのです。難民だからと諦めていたニャンに対しても、「君たちの家が壊されているのに戦わないの?それでいいの?」と内心で憤っていたことが語られています。
「正しい」ことのためなら法も破るアウトロー
さらに、マチの正義感を理解する上で重要なのは、彼女の正義が「法律やルールを守る」ことではない、という点です。彼女は「正しいこと」「正しいと思ったこと」のためならば、法律やルールを破ってでも実行する、というアウトローな精神を持っています。自分の正義を何よりも貫き、衝動で動くキャラクターなのです。
ニャンを「運び屋ってなんかかっこいいね」と評したり、修二が赤いガンダムを盗んだら「いいね、それだったらもっとすごいよ」と目を輝かせたりするマチの姿は、不良に憧れる少女のような感覚を表しています。退屈な日常を送るお嬢様学校のマチにとって、ニャンや修二はまさに「かっこいい自由の象徴」であり、非日常への憧れが彼女の行動の原動力となっています。
声優の黒沢さんも、ニャンと修二をマチが「かっこいい存在に見えている」と語っています。クラスメートよりも毎晩会っていたであろう修二やニャンこそ、マチにとっての「本物の友達」であり、彼らと一緒にいることで「特別な存在になれた」という優越感を感じていたと考えられます。
マチが求める「自由」と「本物」とは?
マチの行動理由には、彼女が切望する「自由」と「本物」への強い憧れが深く関わっています。
閉塞感と「偽物の世界」への違和感
マチはコロニーから出られないという閉塞感と不自由さを感じていました。これは鶴巻監督が幼少期に感じていた閉塞感が投影されており、まるで狭い箱庭に閉じ込められているような感覚、そして将来の進路や夢が見つからないという精神的な不自由さが、彼女を苦しめていました。
さらに、マチがニュータイプ的な思考を持つことから、この世界がララーによって作られた「偽物の世界」だと本能的に気づいていた可能性も考えられます。周囲とのどこかズレた感覚の中で生きていたマチは、偽物で不自由な世界での苦悩を日々感じていたため、「本物の自由な世界」への憧れが非常に強かったのです。
本物のためにルールを無視するアウトローな一面
様々な意味での「偽物」だらけの中で、修二やニャンといった「本物」と出会うことで、マチは彼らと共に違法と知りながらもクランバトルにのめり込んでいきました。それは単なるゲームではなく、命をかけた「本物の戦い」であり、自由の象徴である金番での生活も彼女にとっては心地よかったのです。
母親が勉強や進学といった「普通」を語り、その選択肢を望むことが、マチにとっては人生の選択肢を狭め、不自由にしていると感じていたため、彼女は母親に反抗します。不自由や閉塞感を嫌うあまり、他者が閉じ込められている状況にも敏感で、カバスの館のメイドたちやララーまでも不自由な状況から助けようとする正義感も持ち合わせていました。
マチはまさに思春期が爆発したようなキャラクターで、プライドが高く、自分から謝れない子供っぽい一面もあります。わがままで世間知らずなお嬢様という印象が強いかもしれませんが、彼女の行動や思考には一貫性があり、それに伴って衝動的に動いているのです。危険な状況になっても他者のために行動できる、主人公らしい一面も持っており、型にはまらない不思議な魅力があると言えるでしょう。
修二への「執着」の核心:「キラキラ」と王子様
マチが修二に執着する理由は、単なる一目惚れだけではありません。そこには「ハルシネーション・キラキラ」という現象が深く関わっています。
「キラキラ」がもたらす全能感と依存性
「キラキラ」とは、ゼクノバによって起こる現象で、ニュータイプの認知能力が極大化し、全能感や高揚感をもたらすと考えられています。マチとニャンが「世界が答える」と感じていたのは、自分たちの空間で何が起きているのか手に取るように分かり、まるで全能になったように感じていたからです。
キラキラは、見たことのない海一面が輝く様子のようだと例えられ、望むものを見せる能力もあるようです。この現象は人を魅了し、「もっと味わいたい」という依存性を生み出します。マチは、このキラキラが「修二との現象」「修二と自分だけの現象」と思い込んでいたため、修二への恋心や執着をさらに高めてしまったのです。
ニャンも同様に、キラキラを「シューちゃんとのキラキラ」と感じていました。つまり、二人とも修二だけでなく、この全能感をもたらす「キラキラ」という現象の依存性によって、修二に強く執着していたと劇中の描写から推測できます。
マチを受け入れる「王子様」修二の魅力
さらに、修二の存在自体がマチにとって非常に魅力的でした。修二はマチやニャンを否定する言動をせず、むしろ好意的で、怒ることもなく「ありのままでいい」と嬉しい言葉をかけてくれます。マチが混乱し取り乱した時には「必要な時に近くにいるよ」と寄り添い、自由になりたい、地球の海で泳ぎたいと願うマチに「もっと自由になっていい、海を泳ぐ魚みたいに」と、彼女が一番嬉しい言葉をかけています。
山も海もない閉鎖的な街中の「お城」で不自由な日々を過ごすマチにとって、修二は突如現れて全能感を与え、お城の外の世界へ導いてくれる「赤馬に乗った王子様」のような存在でした。自分を「特別」にしてくれる「本物」であり、否定する大人ではなく受け入れてくれる「子供」のような存在、そして自由にしてくれる「自由な存在」、さらには「かっこいいイケメン」という側面も持ち合わせています。特に修二と一緒にいる時間は、不自由な進路を考える必要もなく、自由で心地よかったのです。
修二の魅力が分かりにくいという声もありますが、それはマチの気持ちになって初めて、彼の良さが理解できるという構造になっているためです。修二を失うことは、「自分が特別じゃない」「本物ではなくなってしまう」「自由になれない」こととイコール。だからこそ、マチとニャンは異常なまでに修二を必要とし、執着していたと考えられます。彼女たちの修二への思いは、恋心だけでなく、自分が特別な存在であり続けるため、という自己中心的な感情も含まれていたのです。
ここまで読んで、マチの複雑で魅力的な行動原理や、修二との関係性について、より深く理解できたのではないでしょうか?彼女たちの衝動的で、それでいて一貫した生き様は、まさに『ガンダムジークアクス』の最大の魅力の一つと言えるでしょう。
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なぜマチは視聴者に分かりやすく描かれなかったのか?
マチは行動や思考が一貫しているにも関わらず、視聴者に分かりやすいキャラクターではない、というのは間違いありません。鶴巻監督たちは、意図的に分かりやすく伝える手段を選ばなかったと考えられます。
監督の作風と意図
一つの理由として考えられるのは、視聴者にマチたちへ感情移入させないため、あるいは子供をターゲットにしたアニメではない、という鶴巻監督の意図があったのかもしれません。
監督の過去作品である『フリクリ』も、主要人物に感情移入しやすい構成ではありませんでした。鶴巻監督の作品の傾向として、「誰が見ても分かりやすい作品」よりも「分からなくてもいいじゃないか」というスタイルで作られていると思われます。「よくわかんないけどなんか分かった」というセリフこそ、鶴巻監督の作家性を体現している言葉のように感じます。
リアルを追求した結果の分かりにくさ
鶴巻監督は挫折を好むとされており、作中でマチの苦悩は丁寧に描写されています。コロニーという偽物の空間で生きるニュータイプの女の子の苦悩と暴走をリアルに追求しすぎた結果、監督にしか分からない感覚、あるいはその状況をリアルに想像できる人物でしか感情移入しにくい状況になってしまった、という側面もあるでしょう。
尺の都合で描写が削られた可能性もありますが、もう少し分かりやすい方がマチというキャラクターが広く受け入れられたかもしれません。しかし、繰り返し視聴し、注意深く見れば、マチの行動に納得はできなくとも理解できる構成になっているのは、スタジオカラーや鶴巻監督が本気で作品を作っている証拠であり、深く考察する楽しみを与えてくれるポイントでもあります。
まとめ:マチというキャラクターの奥深さを味わう
『ガンダムジークアクス』の主人公マチは、一見すると分かりにくいものの、その行動は一貫しており、不思議な魅力に溢れたキャラクターです。純粋な正義感を持ち、閉塞感のある偽物の世界で「自由」と「本物」を求める彼女。
そして、「キラキラ」現象と修二の受容性によって彼に強く執着し、自らを特別な存在と感じていたマチ。これらの背景を理解することで、彼女の衝動的な行動や言動に納得がいくのではないでしょうか。マチの複雑な内面を知ることで、作品全体がより一層深く、面白く感じられるはずです。
最終話でマチがどのような成長を遂げ、修二への思いがどうなるのか、今から楽しみですね。この記事が、あなたの『ガンダムジークアクス』視聴の一助となり、マチへの理解を深めるきっかけとなれば幸いです。
